
ある時期、押入れの一隅を自分の隠れ家にしたことがある。
閉めきると暗闇なので、そこで何かが出来るわけではない。ただ、じっとして自分の空間を確かめている。それは何かを避けて隠れていることかもしれなかった。
かくれんぼという遊びがある。自分を隠し誰かに発見してもらうという行動は、子どもが本来もっている欲求なのかもしれない。そこから生まれてくる快感こそ遊びの原点なのだろう。
ぼくの場合は、自分で隠れて自分で見つける、単なるひとり遊びのようなものだったけれど。
とにかく押入れはカビ臭かった。
暗闇なので、聴覚と嗅覚だけの世界だ。外の気配に耳をすましながら、家族の干渉から逃れられていることを楽しむ。そのかたわら、ひたすらカビの匂いに耐えなければならなかった。
最初はカビの匂いが嫌だったが、ひとりの空間を守るための、代償のようなものだった。匂いは次第にぼくを包み込み、守ってくれるものになっていった。カビの匂いが、秘密めいた心地のいい匂いに変化していった。
そこは暗くて小さな宇宙だった。カビの臭いは、ひと時の自由の匂いだったのだ。